第26号 北朝鮮、今後のシナリオ

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トランプ政権の「あらゆる選択肢」はその後どうなったのか?

2017年7月24日13:02

(2017年7月31日加筆)

選択4月号の記事「朝鮮半島『騒乱』前夜」によれば、トランプ政権の「あらゆる選択肢」とは①金融制裁措置の強化、②北朝鮮の基地への直接攻撃、③韓国への核兵器再配備、④サイバー攻撃の強化を意味しました。ではそれらのシナリオは現在どのように動いているのでしょうか。

①については第22号で今後可能性の高いシナリオとして取り上げました。実際に米司法省は、北朝鮮のダミー会社とされる中国の貿易会社を近々刑事訴追する方針を明らかにしています。しかしこれは従来の制裁の延長に過ぎませんし、抜け道も指摘されています。どれほど抑止力になるのかは不透明です。

②については、遠のいたとの報道が見られます。5月3日、ティラーソン国務長官は「4つのNO」を発表し、体制転換や政権交代は求めないという原則を示しました。中国や北朝鮮、ひいてはロシアに「アメリカは軍事行動を起こさない」と見透かされているとの指摘が見られます。

韓国国防省は北朝鮮に軍事会談を提案しました(現在のところ北朝鮮からの回答はないようですが)。また、大韓赤十字社は南北離散家族再会事業を10月4日(日本の旧盆休みにあたる)に実現すべく動き出しています。万が一、アメリカが北朝鮮に攻撃を仕掛ければ、北朝鮮国境に近いソウルを含め、何十万人もの市民が犠牲になるとも言われています。そう考えれば、韓国が緊張を回避し対話に動くのは、自然なことのように思えます。もっとも、これに関してはむしろ「先制攻撃の準備は整った」とする説もあります(「北朝鮮に圧迫強める米国 「先制攻撃」の選択肢も」 日本経済新聞7月21日)。ソウルは思ったほど被害を受けないとの分析結果も発表されているようですが、韓国の方々にとって信じるに値するかは疑問です。

③については上述のような状況ですから、韓国・文大統領政権下では到底実現しないでしょう。文大統領はTHAADの配備に関しても消極的ですから、核兵器の再配備はまたその先でしょう。(7月31日加筆:28日の北朝鮮によるミサイル発射を受け、THAAD配備に関しては認める方向に転換しました。)

④については、22号でも述べた通り、一定の遅延効果はあるかもしれないが、効果は限定的というところでしょうか。

22号で筆者は、北朝鮮が米国本土への核攻撃能力を獲得することを防ぐことができるオプションは、②北朝鮮の基地への直接攻撃くらいしか残されていないと述べましたが、ICBM発射実験も実施された今となっては、「北朝鮮が米国本土への核攻撃能力を獲得することを防ぐこと」自体が難しくなっているように感じます。

(7月31日加筆:筆者の意図は、直接攻撃すべきであったという意味ではありません。直接攻撃は非現実的なオプションだから、結局のところ、以下に記述したような「戦略的忍耐」しか選択肢はないのではないかということです。)

 

戦略的忍耐への回帰

4月の時点では、米国の選択肢は3つ考えられました。①中国が米国に協力するよう仕向けるか、②(協力しない場合)米国が北朝鮮に先制攻撃をしかけるか、③(いずれも無理な場合)より効果的な制裁や秘密作戦を模索するかーもっとも、③を選択した場合は、トランプ大統領自らが否定した、オバマ前大統領の「戦略的忍耐」に回帰することになると筆者は指摘しましたが、まさにその通りになりつつあります。

まず中国が米国の望むような協力をする気配はありません。むしろロシア、北朝鮮とともに「対話による解決」を主張しています。韓国・文大統領もその主張に近い立場と見受けられます。このような状況下では、②の選択肢はさらに遠のくでしょう。

結局③がどこまで機能するかということになります。米国は北朝鮮と関係のある中国企業に対する締め付けを強めています。しかしながら、米中による閣僚級の包括経済対話は不調に終わったようです。5月の段階では中国の協力も得られるかに見えましたが、100日が過ぎたいま、中国はむしろ反発を強めているように見えます。このような状況に鑑みれば、米国による制裁が実質的効果を得られるのか不明です。

 

中国・ロシア・北朝鮮 vs. 米国・日本 そしてその間で韓国が微妙なかじ取り

もっとも韓国の文大統領が「対話」を掲げていると言っても、THAADを全面否定しているわけではありませんし、米韓合同軍事演習を中止しようというところまでは行っていません。日本の立場からすれば米国とともに「圧力」路線でしょうが、韓国は「対話」と「圧力」の間の微妙なかじ取りを迫られそうです。「対話」を追求せざるを得ない文大統領にシビれを切らしたトランプ大統領が、内政面での苦境を脱するために軍事行動に及ぶ - そんな最悪のシナリオにならないよう、一刻も早く落としどころを見つける必要があるのではないでしょうか。

 

参考文献

Alex Lockie, “The US had a clear shot at killing Kim Jong Un on July 4 – here’s why it didn’t strike”, Business Insider, Jul 11, 2017

「米、中国の貿易会社訴追へ…北の銀行ダミー会社」 読売新聞 2017年7月19日

「米中対話 赤字削減策見送り 協議平行線で終了」 日本経済新聞 2017年7月20日

「北朝鮮に圧迫強める米国 「先制攻撃」の選択肢も」 日本経済新聞 2017年7月21日